1 残業代問題について
会社を辞めた社員から未払残業代を請求された多くの会社経営者は困惑されます。経営者の認識としては、毎月の給料を支払うことにより残業代も支払済みと考えており、追加の残業代請求は予想外の出来事だからです。しかも、残業代請求は、会社に対する貢献度が高く、積極的にボーナスを支払いたくなるような社員からではなく、会社に迷惑をかけて辞めたような問題社員からなされることが多いため、会社経営者の困惑に追い打ちをかけます。
そうであっても、請求がきた以上、何らかの対応をしなければなりませんが、残業代問題は、請求してきた社員に対してだけ対応すればいいのではありません。なぜなら、そのような問題社員に対して多額の残業代を支払う結果になった場合、会社のために頑張って働いている多くの社員に不公平感が蔓延するからです。賃金の原資が限られる中、会社経営者は、社員全員が貢献度に応じて賃金を得られるよう配慮しなければなりません。
2 必要な対応について
必要な対応① 請求者に対する対応
(1)残業代を請求された場合、まず未払残業代の見込額を算定します。未払残業代の見込額を算定することにより、残業代を支払う必要があるか、あるとしていくら支払うべきか、どれだけ強気の交渉をすることができるかといった判断ができるようになります。
(2)そして、明らかに未払残業代がない事案では、時間や労力を惜しんで、安易に和解金を支払うべきではありません。なぜなら、根拠がなくても残業代を請求しさえすればお金が取れる会社であると認めることになり、他の社員からの残業代請求を誘発しかねないからです。
(3)また、未払残業代が発生している場合には、いつ、いくら支払うのかについて検討が必要です。間近い時期に和解が成立し、解決が見込めるのであれば、会社の言い分をしっかり主張立証した上で、和解が成立してから、合意した金額を支払えばいいと思います。
他方、双方の主張額が大きく違うため、当面、和解が成立する見込みがない場合は、会社が算定した未払残業代額見込額を早期に支払うことにより、遅延損害金の発生や付加金の支払を予防するという対応をとることもありえます。
必要な対応② 他の社員への波及防止
残業代を請求された場合に一番怖いのは、大勢の社員から追加の残業代を請求されることです。残業代請求してきた社員は、他の社員に自分の成果を誇示することが多く、会社から多額の残業代を受け取った社員がいると知った社員が、自分も残業代を請求してみようと考えることは決して珍しくないのです。複数の社員から次々と残業代請求されれば、会社にとって相当な痛手となることは間違いなく、零細企業であれば会社が潰れる恐れすらあります。
他の社員への波及を防止するためには、1人から残業代を請求されたら直ちに、賃金制度・労務管理の在り方を見直す必要があります。残業代を請求され、多額の和解金を支払っておきながら、既存の賃金制度・労務管理をほとんど改めないでいたところ、さらに複数の社員から残業代を請求されて窮地に追いやられる会社が本当に多いのです。
必要な対応③ 経営者側弁護士への相談
残業代を請求された場合に、早期に経営者側弁護士に相談することは極めて重要です。
残業代を請求されるような事案では、前提となる事実の認定や法的解釈が難しいものが多く、訴訟対応を含む残業代請求対応の経験が豊富な弁護士でないと、未払残業代の見込額を算定するのが困難です。「必要な対応①」で述べたとおり、未払残業代の見込額が算定できないと、正しくリスクを把握できないため、強気に主張していいところか、早めに引いた方がいいところか、的確な判断をすることができず、行き当たりばったりの対応になってしまいます。その結果、踏み込んだ勝負ができず、会社に不当に不利な内容で和解をまとめざるを得なくなります。
他の社員への波及防止は、残業代というものの金額の大きさからして、会社経営に与える影響は非常に大きく、個別の労働審判・労働訴訟・団体交渉よりもむしろ重要とさえいえます。個別案件の対応以上に、経験豊富な弁護士に依頼する必要性が高いと言えるでしょう。